6月11日に千代田区内で、杉浦ひとみのトークバトル第3弾「子どものいじめ精神的被害と救済」が開催された。子ども自殺問題で深い造詣を持つ山田由紀子弁護士、そしてスペシャルゲストには各種メディアで活躍されている精神科医の香山リカさんを招き、集会のテーマである「いじめ自殺をなくすために、大人が今出来ることは」について、討論を深めた。
また、福島みずほ党首、保坂展人衆院議員も駆けつけ、国会の現状と合わせて議論に参加した。
集会では、いじめ被害の経験をもつ青年と、いじめ自殺で自らの娘を亡くした母親の痛切な訴えも行われ、会場は咳き一つない集中した雰囲気に包まれた。
1、いじめ被害報告
集会は高校時代にいじめを体験した20代の青年Aさんの報告からはじめられた。彼は数人から半年間にわたりからかい、日常の暴行、集団リンチ、恐喝によって300万円以上に及ぶ被害を受けた。報告は、杉浦ひとみがインタビューする形で進められた。
杉浦:いじめでつらかったら親に言うのではないかと思う人が多いけど、どうだったの?
――Aさん:いじめでつらくても親には言えない。恥ずかしい、情けないという気持ちがあった。親が学校に乗り込んできたら困る。チクったらいじめられるという恐さもあった。
いじめから逃れることが出来たきっかけは?
――つらくて引きこもってしまっていたのを母親が心配して、動き始めてくれたことがきっかけだった。だけどまだその時はいじめられていることをいうことは出来なかった。
杉浦:お母さんは警察にとにかく保護して欲しいと訴え、あなたは事情聴取を受けたわけだけど、そのときはどう思った?
――警察に助けてもらえるかも知れないと少しは思っていたが、すぐダメだと思った。精神が不安定だったので、僕が挙動不審できょろきょろしていたり、ちゃんとしゃべれなかったので、「うそをつくな」、(挙動不審の態度を見て)「薬、やってんのか」と事情聴取は声を荒げたものになったから。結局、「母をだまして金を取った」とうその文章を書かされ、母に謝らせられて終わった。
杉浦:裁判を通してだんだん相手が恐くなくなってきた(つまり心の傷が癒え始めた)わけだけど、初めて裁判で相手と相対した時はどう思った?
――裁判中もはじめは相手が恐かった。でもその前に警察で少しあったりしていて、恐さは、少しは薄れてはいたのだけれど。裁判を通して少しずつ恐さが薄れていった。
杉浦:いじめを体験した者として、大人に望むことは?
――回りにどうこうして欲しいとは思わない。自分が勇気を出すことが一番必要だと思う。ただ、気がついて欲しいという気持ちはずっと持っていた。今いじめられている人には、信頼できる人に勇気を持って言ってみることが必要といってあげたい。
2、いじめ自殺で娘を亡くした母親の訴え
報告をしたのは、小森みどりさん。9年前にいじめ自殺で娘さんを亡くしたことをきっかけにいじめを無くすことを訴えるNGOを立ち上げ、活動を行っている。
「9年前にいじめで娘を亡くした。娘は肉体ではなく、心を傷つけられた。肉体を傷つけられたら犯罪被害者だけれど、心を傷つけられたものは犯罪被害者ではないと扱われる。でも心を傷つけることもそれをするものは犯罪者だと思う。
いじめで亡くなる子どもたちに、投げかけられる大人たちの言葉は冷たい。『自殺する子は訴える力がなかったから』『死ぬのは卑怯なこと』等々。そういう自分も娘が自殺する前はそういう目で自殺する子どもたちを見ていた。でも娘が死んでそれは違うと気づいた。いじめで苦しむ子どもたちのために大人がきちんとした対応をするべきだと心から思う。
娘のいじめが発覚してから娘が死を選ぶまで3ヵ月半は実につらく長い日々だった。学校へは12回相談に行った。メンタルクリニックにも通った。お医者さんはとてもいい先生だったが、いただいた薬も欠かさず飲んでいたが、いじめがやまなかったから効果はなかった。そして娘は自殺した。
娘の死を無駄にしないために、一生懸命考えてきた。いじめを無くすためにどうすればいいのかを考えると、いじめの加害者のことについても考えざるを得ない。いじめの加害者も苦しみを持っているのではないかと考えるようになった。虐待や暴力の被害者が新たな暴力を生む加害者となる。加害者がどういう苦しみを感じているのか、加害者の中にも被害がある。それを見ないと結局はいじめ被害者を救えない。そういうことも考え欲しいと思う。
我が子の命を無駄にしないためには、次の命を守るために力を尽くす意外にない。問題は山積している。例えば、今でも学校の中で起きた事件、事故に対して知る権利はない。そういうことも変えていかなければならない。これからもがんばりたい。」
3、精神科医の立場から:香山リカ(精神科医)
次にスペシャルゲストとして招いた精神科医の香山リカさんからの講演を受けた。
「心の傷が長期に残ることがはっきりしたのは、ほんの20~30年前だ。アメリカではベトナム戦争終結後帰還した兵士に、怒りっぽい性格に変わった、仕事が手につかない、中には自殺者も出るという異常が見られた。その分析から戦場での心の傷が長期に残る「トラウマ」という概念が生まれた。
それ以後、帰還兵ばかりでなく、子どもや女性にもトラウマがあることがわかってきた。性的虐待やDVによるトラウマだ。このこともアメリカでははっきりしてきた。
しかし、恥ずかしいことに日本の精神医学界は、これはアメリカのことで日本ではそういうものはないと、たかをくくっていた。トラウマがはっきり認識されてきたのは、10年前だ。オウムのサリン事件、阪神大震災の被害者・被災者の中に、電車に乗れない、突然被災の風景が蘇るなどの症状があらわれたからだ。こうしたことへの認識は広まったが、しかし精神科医でさえ心の傷に対する理解が深いとはまだいえない状況だ。
いじめは、明らかに心の傷を残す。いじめにははっきりとした暴力や金品の強奪もあるが、無視や嫌がらせなども含め心に傷を残すものだ。そのことを深刻に捉えなければならない。ところが、世間の認識はそこまでは行っていない。
まずいじめ一般に対する「いじめられる側にも問題があるのではないか」という偏見(問題の全くない子どもなどいるわけがない!)や、「いじめをなくすこと出来ない」(いじめがあるのは当たり前)という責任放棄が大人の側に見られる。こうした認識を変えていくことがまずは重要だ。
子どもたちの心の傷は一般の想像を越えている。子どもたちはいじめられていても親の前では明るく振舞う。親が聞いたら悲しむだろうから、親が自分自身を責め苦しむだろうからと、子どもたちはいじめの事実を言わないし、言えない。
さらに、深刻なのは無視や嫌がらせ、暴力が続く中で、自分はいてはいけない存在ではないかと思い始めることだ。「自己肯定感」がない状態になっていく。自分はいるだけで迷惑な存在なんじゃないかと思い始めていく。いじめの被害者は、長期にわたり心が傷付けられた結果、自分の存在そのものを否定するようになっていく。
心の傷を受けたものは周りのサポートがなければ立ち直ることは出来ない。ところが、これだけいじめ問題が顕在化しているのに、サポート体制は実に心もとないのが現実だ。スクールカウンセラーは小中高のすべての学校に配置されるべきであるが、まだ9千校に過ぎない。それも何校も掛け持ちする非常勤・短時間勤務で、まかなっているのが現実だ。フルタイムのスクールカウンセラーは予算がないからできないというのだ。
また、保健室も子どもたちにとって大切な場だが、養護教諭も心の問題に対応しきれないのが現状だ。児童・生徒が抱えているのはいじめの問題ばかりではない。喘息やアトピー、発達障害など今の子どもたちは様々な問題を抱えており、一人の養護教諭では子どもたちの体のケアに追われるばかりだ。養護教諭複数配置の声もあるが、これまた「予算がない」で終わっている。
世間では、学校の問題といえば「学力低下」が最も注目され、心の傷は一部の子の問題と捉えられている。しかし、子どもたちの心の傷の問題は深刻である。対症療法ばかりでなく、いじめをなくすために学校・社会を変えるという根治療法も必要であるのに、対症療法でさえ全く不備な状態だ。
教育の問題を語るときに、政府の審議会などでは「家庭が悪い」「母親が悪い」という声が多い。審議会に集まるようなメンバーでさえ認識はまだまだだ。しかし、子どもたちの心の傷の問題は、そんなに簡単な問題ではないし、もっと深刻な問題だ。そのことを改めて強調していきたい。」
4、杉浦ひとみ・山田由紀子弁護士と香山リカさんのトーク
いじめ被害者の報告、いじめ自殺で娘をなくした母親の訴え、香山さんの講演を受け、杉浦ひとみ、山田由紀子両弁護士と香山リカさんによる意見交換が行われた。時間がなくなり短時間での意見交換となった。
香山:いじめ問題で精神科医と弁護士との連携も模索すべきだろが、それはどのように行われるべきか。簡単ではないと思うが。
杉浦:弁護士の立場でも、子どもたちの立ち直りのためのいじめ解決のプログラムについて考えあわれ、実践されている。例えば、はじめに報告のあったいじめ被害者の彼の立ち直りの過程は、加害者と相対することが重要なポイントであったが、被害者と加害者との相対の中から心の傷を癒していく実践は山田由紀子弁護士が進めている。中学校の先生や精神科医の方など、それぞれの専門的立場の方々も、その立場で研究が進んでいると思う。それぞれが連携し、解決のノウハウを共有すべきではないか。
山田:いじめがあった時にクラスの中で、いじめるもの、いじめられるもの以外に周りには必ず傍観者がいる。その傍観者には、いじめを肯定的に捕らえるものもいれば、いじめを否定的に捉えるものもいる。いじめを否定的に捉えるものが多くなり、その中からいじめをしてはいけないとの声があがるまでになれば、いじめはなくなっていくという学校現場からの報告もある。そうしたことは非常に参考になるし、そのための連携は重要だ。また、香山さんが指摘された自己肯定感をどのように付けさせていくのかも、弁護士の実践の立場から考えていくべき内容だ。

コメント (3)
私がいじめられたとき、
学校はすべてが傍観者だった気がする。体罰かいじめで泣いていたときも、すれ違った教師に「頑張れ」と言われた。辛い状況なのに何をどう頑張ればいいのか。
今でも思い出すと恨みや憎しみがわいてきてしまう。
そう、今でも思い出すのだ。
そのたびに、「悔しい!」「恥ずかしい」などなどカッカしてしまい、憎しみを覚えてしまう。
あのとき学校がナニをすることが
できたというのだろうか?何も
しないことが当たり前のように毎日が過ぎて行った。10年たっても何年立っても、このようにして
憎しみのリフレインに苦しんでいる卒業生がいるなんて、小学校も中学校も、決して知る人はいない。
投稿者: 石田知花 | 2007年06月18日 11:38
日時: 2007年06月18日 11:38
知花さん、自分の経験を書いてくださってありがとうございます。
そんなときに、どんな働きかけが一番いいのか、声を聞かせていただけたらすごく参考になります。
投稿者: 杉浦ひとみ | 2007年06月22日 02:37
日時: 2007年06月22日 02:37
参考になるかわからないけれど、
幸い中学の英語のある先生がとて
も良い先生でした。英語がすきなのもその先生のおかげかも。
大学は英文科に行きました。
その先生が、あるとき大きな部屋に生徒が集まった時に急に「並んで!」といって、前に並んでいた
私を抱きしめてくれたではないですか。それまで違う学年の先生だったので、どこまでいじめを
知っていたのか分かりません。
そのときまでには一応謝罪と言う
形でいじめは・・・・一応終わりを見せたかのような状態でした。
私もきちんとした被害に対する
対応を受けたことが無かったので、どういうのがいい対応か分かりません。でも、中3のときの担任が私が休むと家までお見舞いに来てくれたりといいこともありました。
だからそれらがとても心に残り、何年経っても忘れられません。
参考になりましたでしょうか?
投稿者: 石田知花 | 2007年06月23日 12:11
日時: 2007年06月23日 12:11